【読書記録】ウメハラ&ちきりんの「悩みどころと逃げどころ」 自分の人生を主体的に考えるための材料になりました。

どうもjirosokuです!

今日は世界最強のプロゲーマー梅原大悟と社会派?ブロガーのちきりんによる対談集「悩みどころと逃げどころ」を読みました。

「日本の学校教育は役に立つのか?」から始まり、「いい人生とは何か?」という日本のアラサーサラリーマンが、モヤモヤ感を持ちながらも、日常に忙殺されて考えられていないテーマについて、ウメハラとちきりんの人生や価値観を垣間見ながら、

これらの問いに対する「答え」がこの本に書かれているわけではありません。あくまでも、自分なりに考えてその答えを考えたい人にとって本書は必読の内容です。(そんな目的がなくても純粋に読み物として面白いですが。)

僕なりに刺さったポイントを以下に紹介していきます。

著者の紹介:プロゲーマーウメハラと学歴職歴ちきりん

※梅原大吾(ウメハラ):小学生の時から格闘ゲーム一筋で、14歳で国内最強となり、17歳で世界大会に優勝。学校は「寝るところ」で、都立高校卒業後はアルバイトをしながら格闘ゲームを続ける。23歳で一度ゲームの世界を離れたものの、28歳で復帰。翌年、アメリカの企業とプロ契約を結び、日本人初のプロゲーマーとなる。「世界で最も長く賞金を稼いでいるプロゲーマー」としてギネスに認定されている。

17歳と言えば、普通の人が地元で高校生をやっている年齢。この年齢で世界の頂点に立ったウメハラさん。しかし、ここで慢心や人生に対する納得感を得られないのが彼なのです。

 ※ちきりん:公立の小・中・高から国立大学に進学。卒業後、証券会社に就職し、アメリカの大学院で修士号を取得した後、外資系企業に転職。退職後は、社会派ブログ「Chikirinの日記」を運営しつつ、多数のファンを持つ人気ブロガーとして執筆、対談、講演などで活躍中。

華々しい学歴や職歴の数々。ウメハラとは真逆の人生を歩んできた彼女。今でこそ社会派ブロガーとして、活躍中ですが、そこに至るまでには学校的教育の価値観からの脱皮など紆余曲折があったそうです。

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学校ってホントに行く価値あるの?

ウメハラ 「学校なんて行く価値ないから」って言えるのは、やっぱり頭がいい人だと思うんです。もしくは猛烈に好きなこと、やりたいことがある人。  たとえばアニメーターの給料はものすごい安いらしいけど、アニメが本当に好きならその道を突き進んだほうがいい、給料が安くてもやりがいを感じられるわけですから。あるいは、得意なことや何かに才能がある人、誰にも負けないぐらいやる気がある人も、高校や大学に行く必要はないでしょう。  でもそうじゃない人には、「とりあえず学校に行ってまじめに生きてれば、最低限、惨めな思いはしなくてすむよ」と言いたいんです

やりたいコトへの強靱な意志が無い限りは、とりあえず学校に行くことで人生最低限は生きられるウメハラ。

彼自身、学校は寝る場所。何も得られない場所という価値観で学校生活を歩んできましたが、社会に出てから学歴が無いためにバイトで窃盗を疑われるなど、辛い思いをしての一言です。

僕も強烈な何かがなければ学校に行く方がよいと考えています。ただし、その間、やりたいことや実現するための行動はあがいて探すべきだと思います。

いい人生って何なの?二人の人生に対する思い。

ウメハラ 人間、往生際が悪いから、他の人にはできるのに自分にはできないことって、トコトンまで思い知らされないと、本当の意味での諦めがつかないんですよ。

だから僕もいろいろ苦手なこともやったし、得意だと思ってたけどやってみたら続かなかったこともあったりと、とにかくあがき抜いたから納得がいっているんです。今はもう未練や迷いがいっさいなくなって、「ゲーム以上のものは、俺には絶対ない。これが俺の器だ」って確信できて、すごくラクになりました。

だから勝つとか負けるとかより、とにかくそのことが嬉しいし、ありがたいんです。たとえ負け続けても、「もし違うことをしてたら、どうなってたんだろう」なんて気持ちには全然ならない。負けが続いてもまったく迷わなくていい。それがすごく楽なんです

世界一になった後もウメハラは自問自答を続けます。ゲームを辞めて麻雀や介護職の道に行き、自分の人生における答えを探す。

ゲーム以外の経験から、やはり自分にはゲームしかないと腹落ち。ゲームを辞める前よりも自分が人生を賭けるものは、ゲームであるとクリアになり迷いがなくなります。

また、いい人生っていつの人生を見据えるかが話題に上がります。

ちきりん 今、「いい人生?」って聞かれたら、ウメハラさんは、今この瞬間がいい人生かどうかを考えますか? それとも80歳とかになる何十年も後のことを考えますか?

ウメハラ そりゃあ今ですよ。80歳になっていい人生だったと思うかどうかは、その時になってみないとわからない。

ちきりん ですよね。だけど大きな船に乗っている人の多くは、まさにその何十年か後にいい人生だったと思えるかどうかを現時点で考えて、船に乗ってるんです。

ちきりん 今は船の中はたいして楽しくないけど、ずっとここにいれば、80歳の時にはきっと「いい人生だった」と思えるはずだと、そう信じてるんです。だから船を降りた人に対して「おまえ今、楽しくないだろ?」じゃなくて、「そんなところにいたら、老後に大変だぞ」とか言うんですよ。なんでそんな先のことを基準にして今の判断をするのか、まったくわからない。 

 

他人の価値観や物差しで自分の人生を決めないことがこの2人の共通点。一方、学校的価値観に囚われた多数派の人は、自分の人生を自分で考えないし、決められません。

大事なコトは自分の人生を測る物差しは何か?その答えに腹落ちするまで考え続ける・行動し続けることが大事です。

自分の頭で考えなけりゃ人生における腹落ちする答えなんて見つからない

ウメハラ そうです。小さい頃、父からは「人の意見を鵜呑みにしていたら、自分の道を切り開けない。必ず自分で考えろ」って繰り返し言われてました。その上で、実際に思考力が身についたのは、やっぱりゲームによってです。1回勝つだけじゃなくて勝ち続けたいと思ったら、自分で考えるしかないと気がついたんです。

自分が納得いくまで考え続けること。やはりこれにつきます。

ちきりん とはいえ目の前に勝ちやすいキャラと難しいキャラがあったら、私はやっぱり前者を選ぶだろうな。私みたいな学校エリートって、結局そういうことが得意なんですよ。要領よくテストの点を取ると評価されるわけだから、どうすれば勝やすいのか、それを見つけるのがすごくうまい。  大学入試の科目選択だって、「ホントは日本史のほうが好きだけど、点が取りやすい世界史を選ぼう」とか「生き物に興味があるけど、物理のほうが得意だから生物は選ばない」みたいなことをする。ほんとに馬鹿げてます。

学校的価値観では物差しはテストの点しかなく、どうやって点を最大化するかが重要です。ただし、これは自分の人生の物差しではなく、他者の物差しでより評価されるための作戦です。

さいごに

結局は他者の価値観ではなく、自分の人生を測るための価値観や物差しを見つけるための努力を継続できるか?が人生において重要なのだと思います。

このために、行動し続けること・そのためのモチベーションを保ち続けること。を自問自答し続けたいです。

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